こんにちは。矢田の丘相談室の田中です。プロフィールはこちら。
皆さんの周囲にも、依存症では?と思われる人が
いるのではないでしょうか。
この記事にたどり着いている人の中には、
ご自身が依存症だ、と言う人もいるかもしれません。
このような人たちはどのような理由で
依存症になっているのでしょうか。
止めたいのに止まらなくて苦しんでいるが、周囲からは理解されない
今日こそは、適量でやめようと思っていたのに
記憶をなくすまで酒を飲み、
飲酒運転をして家族を怒らせる。
そんな状況になっても酒を止められない人。
競馬が止まらない。
家族に隠れて借金を重ねて
気づくと何百万円もの負債を抱えている。
せっかく家族に返してもらったのに、
また同じことになっている。
次はきっと離婚を言い渡されるだろう。
ばれる前に返済しなくては。
一度逮捕されて、もう二度と使うまい、と誓ったはずなのに、
また使っている。
いつガサが来るかと、ビクビクしながら暮らしている。
覚醒剤を止めることができない。
他に、最近増加しているのは、
市販薬・処方薬への依存や
ゲームへの依存です。
古くから知られるものとしては
摂食障害やショッピングへの依存も挙げられます。
また、万引きや痴漢などの
犯罪の中にも
依存症とよく似た構造のものがあり
カウンセリングに相談にいらっしゃる場合があります。
このような人々を一般的には
「だらしがない人だ」とか、
「意思の弱い人だ」と
みなされることが多いと思います。
でも本当にそうなのでしょうか。
親しい人との関係や社会的安寧、地位を脅かしてまで、
単にだらしないだけで繰り返すものでしょうか。
依存症の根っこの一つは「衝動性」
依存症は、その1つの側面として
衝動的にやってしまうということが
挙げられると思います。
この衝動的にやってしまうには
2種類あると私は考えています。
1つ目は家族歴に起因する衝動性です。
例えば、
小さい頃から家族仲が悪かった。
時に暴力もあった。
家が貧乏で、いつも不安だった。
家に帰るとき、暗い気持ちだった。
ここまで行かなくても(あるいはこれよりももっとひどい場合でも)
これに似た体験をしている人は、
衝動のコントロールがうまくいかないくなることがあります。
根底には、「なぜ私ばかりが…」と言う
怒りがあると思われます。
発達障害傾向による衝動性と、人生の設計図の「空虚さ」
2つ目として、
いわゆる発達障害傾向による衝動性が
挙げられると思います。
例えば、
小さい頃から忘れ物が多かった。
落ち着きがないと通知表に書かれることが多かった。
このような発達障害傾向がある人は、
自分の人生をどう送れば良いのかと言う
長期的なイメージ(衝動性とは逆のイメージ)を作ることが苦手
と感じている人が多いのではないでしょうか。
そうすると
「今までは失敗ばっかりだったけど
説得力のある人や成功している人のやり方を真似してみよう」
と考える人が出てきても不思議ではありません。
例えば、
YouTuberの講座に大金を払ってしまう
投資の知識がないのにビットコインやFXに手を出す
といった浪費や依存症になりやすいリスクがあるのです。
共通しているのは、「人生を楽しめない」ことを「自己治療している」こと
これらの人々にでも共通する部分があると思います。
それは自分の人生を自発的に楽しめないと言うことです。
家族に起因する人であれば、
楽しんだら何か悪いことが起きるのではないか。
今まで楽しいと思った瞬間にすぐ破滅がやってきたから。
自分は楽しみを持ってはいけないんだ、といったような
トラウマ由来のスキーマが強力に働いて、
自分の人生を楽しむことができない。
もうどうだっていいや(衝動性)
酒、クスリをやっている時だけはこの気持ちから解放される。
発達障害傾向のある人で言えば
いつも借り物の人生の良い人生を真似ているだけ、という内的空虚さがあって
つまらないなあ、といつも感じている。
ゲームをしている時だけ、ギャンブルをしている時だけ楽しいと感じる。
このように、依存症によって、自分を癒そうとする試みを
依存症の自己治療といいます。
本当は
人生の指針がない苦しみや
人と関わるのが気を使いすぎてしんどい。
そのような緊張や空虚さを自分で治療するために、
酒を飲んだり薬を使ったり、ギャンブルをしたりしているわけです。
このような人たちが、
酒を止めよう。
薬を止めよう。
ギャンブルを止めよう。
と考えても、止まるわけがありません。
人生に、依存症が必要すぎるからです。
人生が楽しいと感じられるリハビリテーションが必要
それではどうすれば止まるのか。
そこには、人生が楽しいものであると学ぶ
リハビリテーションが必要なのです。
今、依存症の治療として、
認知行動療法や自助グループなどが盛んに行われていますが、
それらに通底するのは
「自分の人生を楽しむことができること」
を再学習している点だと私は考えています。
そして、それらの方法として共通しているのは
カウンセラーでも、支援者でも、同じ依存症の当事者でもいいから、
良質な対話を粘り強く行っていくことに尽きると
私は考えています。
自分はこういう傷つきがあるから、人に対して率直にものが言えないんだなとか、
自分の人生の設計を支援者と一緒に考えてみようといった
本当の自分らしさを発見する支援が、
依存症の治療には、本当に必要になってくるのです。
依存症は、意思が弱い人やだらしない人がなる病気ではないんですね。
もしこういった対話を始めたくなったら、
ぜひ当相談室までご相談ください。